行徳船航路
行徳船航路とは
2022年に成田街道を歩き、2023年3月にはその東京都部分の別ルートである元佐倉道も歩いた。 成田詣でに出かけた江戸時代の人々がたどった道はいろいろあったが、もう一つよく用いられたのが、行徳まで船で行ってそこから７km程先の船橋で成田街道に合流する行き方だった。 この方法は歩く距離も時間も短縮できるので、便利だったことだろう。 但し、歩く場合には小岩経由の元佐倉道との距離は殆ど変わらない。
行徳までの船は「行徳船」と呼ばれ、小網町三丁目先の「行徳河岸」で乗り込み、隅田川・小名木川・新川・江戸川（旧江戸川）と進んで行徳に至った。 今も残る川の岸沿いを船旅に思いを馳せながら歩き、成田街道の仕上げとすることにした。
ちなみに、下記『江戸から行徳へ』によると、寛政九年（1797）時点の行徳・小網町間の船賃は、最も安い場合で一人あたり25文、一艘を貸切る場合は250文だったという（ただし、時期、乗船人数、水量によって船賃は変化）。
上の写真の左は清洲橋からの隅田川（佃方面）、右は小名木川と大横川の交差点。
【参考文献】
『江戸から行徳へ』 江東区中川船番所資料館（2014年）
『江東区中川船番所資料館 常設展示図録』
江東区教育委員会生涯学習部生涯学習課編（2003年）
『地名のはなし』 江戸川区教育委員会編（1989年）
『房総の道 成田街道』 山本光正著 （1982年）
『迅速測図』 （明治前期測量の２万分１フランス式彩色地図） こちらで閲覧可能
『今昔マップ on the web』（明治期の地図から旧道を推定） こちらで閲覧可能
旅の記録
元佐倉道を歩いてから２年半以上街道歩きから遠ざかっていたが、久し振りに再開。 今回は訳あって短区間でゆっくりのウォーキングとした。
2025年11月5日(水) ＜小網町〜四ツ目通り＞ 3.3km
旅の足跡（地図） 11/5 10：25 〜 12：05
- 箱崎川跡・箱崎橋跡
東京メトロ東西線の茅場町駅から亀島川・日本橋川を渡り首都高速６号向島線の下へ。 高速道路の下にはかつて隅田川から分かれた箱崎川が流れており、首都高の箱崎入口付近には箱崎橋（崩橋）が架かっていた。
- 行徳河岸
江戸初期、行徳産の塩を江戸へ運ぶのを目的に小名木川が開削された。 ここを通って様々な物資・乗客を運搬した行徳船が発着した、箱崎川の西端北岸は行徳河岸と呼ばれた。 河岸の跡は今では高速道路下の道路と歩道になっていて、面影はなにもない。
今回のウォーキングはここをスタート地点として行徳に向かった。
- 東京シティエアターミナル（T-CAT）
300ｍ余り進んだ先に東京シティエアターミナルがある。 以前はここで成田空港の搭乗手続きや出国審査も済ませられ、荷物を先に渡した後にリムジンバスで空港に行きそのまま飛行機に乗ることができた。 出張時に何度かお世話になったことを思い出す。 空港へのバスが遅れそうになると飛行機が先に出てしまうのではないかと心配になったことがあるが、荷物だけを積んで乗客を乗せないで出航するなんて恐ろしくてできないはずだと先輩社員に言われて納得した。 ここで搭乗手続きをしようとしたらパスポートがないというリアルな夢を見たこともあり、何かと思い出深い。
アメリカの同時多発テロ事件の影響でT-CATでの搭乗手続き業務は終了し、純粋なバスターミナルになったとのこと。
- 中洲
現在は日本橋箱崎町から日本橋中洲にかけては地続きだが、日本橋中洲はかつては分かれた島になっていた。 中洲は明和八年（1771）に埋め立てられて遊興の場となっていたが、寛政の改革時に防災対策と風紀立て直しのために元の洲に戻された。 広重が『名所江戸百景 みつまたわかれの淵』を描いた頃もアシの生える洲だった。
行徳船は中洲の西を通ったか、中州町と箱崎町との間を通ったのかはわからないが、今回は最短距離の中洲と箱崎間を通ったと想定した。 もしかしたら、箱崎町と霊岸島の間を通り永代橋（現在より北に架かっていた）をくぐったのかも知れない。 なるべく水路近くを歩きたくて、隅田川の「水辺テラス」を歩きたかったが、工事中で立ち入れなかった。
写真は、隅田川対岸の芭蕉庵史跡展望庭園から中洲方面を眺めたもの。
- 小名木川
江戸時代にはなかった清洲橋を渡って中央区から江東区清澄へ。 橋名は、中洲と清澄（当時は清住）から１字を取ったことによる。
隅田川の東岸を上流に向かうと、道なりに小名木川に入っていく。 すぐに見えるのは歌川広重の『名所江戸百景』にも描かれている萬年橋。
- 芭蕉庵跡
萬年橋を北側に渡ったところに川船番所跡がある。 川船で小名木川を通る人と荷物を検査した番所で、明暦の大火後の寛文元年（1661）に中川口に移転した。
その先の芭蕉稲荷神社が芭蕉庵跡だそうで、ここにバショウの株が植えられていたのだろう。 また「古池」もあったはず。
隅田川沿いには芭蕉庵史跡展望庭園があり、芭蕉のブロンズ像が鎮座している。 この像は自動的に回転し、日中と夜間では向きが変わるのだとか。
隅田川の上流に黄色の柱が見える鋼斜張橋は新大橋、 広重の絵をゴッホも模写した江戸時代の新大橋は200ｍ程下流に架かっていた。
- 小名木川と大横川との交差点
小名木川に戻る。 川沿いを歩こうとしたら新小名木川水門のために通れず、少し進んでから川沿いに降りて東に向かった。 この水門は小名木川流域を高潮や津波から守るための水門で、昭和36年度竣工。
高橋を南に進むと関東十八檀林の一つ霊巌寺があるが、今回は参詣を割愛。 高橋・西深川橋・東深川橋・大富橋・新高橋をくぐって進む。 これらの橋のうち江戸時代からあったのは高橋と新高橋の２つで、新高橋は現在より50ｍあまり東に架かっていた。 そのすぐ東で小名木川と交差する大横川は元佐倉道を堅川沿いを歩いた時にも渡った運河で、北十間川（源森川）経由で隅田川につながっていたが、現在は業平橋付近から南約1.8kmは埋め立てられて大横川親水公園となっている。
大横川との交差点の北東の角には猿江船改番所があった。 ここは中川番所とは別に川船行政を担当する川船改役の出先機関として設置されたもの。 大横川との交差点の先は中川まで小名木川に架かる橋はなかった。
- 扇橋閘門
小名木川の南側は、新扇橋付近までが町奉行所支配地の墨引の範囲だった。
新扇橋と小松橋の間には２つの扇橋閘門があり、感潮河川（隅田川）側の前扉と内水低下河川（小名木川）側の後扉とで水位差を調節して船舶が通行できるようになっている。
- 五本松跡
小名木橋の先の北岸には五本松があり、芭蕉も月見に訪れた名所となっていた。 『江戸名所図会』には「小名木川通り大嶋にあり（中略）九鬼家の構のうちより道路を越えて水面を覆ふ所の古松をいふ」とある。 九鬼家の位置を考えると、ニトリ江東猿江店の東端あたりにあったと思われる。 図絵や広重の時点には既に１本だけになっていたが、見事な枝ぶりの松が描かれている。 この１本も明治時代に枯れたといい、小名木橋の北東詰に代わりの若い松と小さな碑が建てられている。
この日はここで終了とした。